【エッセイ】 ぼくがオーストラリアへワーキングホリデーに行こうと決意したその理由 その3


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前回までのあらすじ

最後だと思ってインドの海外旅行を終えたぼくは2009年の3月に大学を卒業すると、4月から千葉県に引っ越し、すぐさま働き始めた。

しかし休みも全然取れず、ゴールが見えずに働く会社員生活に疲れたぼくは、今度は安定して年々増えていく給料と有給を堂々と取れる公務員を目指すことにすることになる。

だがそこでも安定を求めようと自分にウソをついてまで、面接で聞こえの良い受け答えすることができず、そこでも落ちしまう。

そしてぼくは練習するために受けた契約社員の面接で「一番の趣味である海外旅行を通じて学んだ価値観はなんですか?」という質問に、またぼくは本音が言えずに言葉を詰まらせる。

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【エッセイ】 ぼくがオーストラリアへワーキングホリデーに行こうと決意したその理由 その1 | あしたはもっと遠くへいこう

【エッセイ】 ぼくがオーストラリアへワーキングホリデーに行こうと決意したその理由 その2 | あしたはもっと遠くへいこう

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ぼくが海外旅行を通じて得られた価値観

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アタマの中で中国やインドでの自分がフラッシュバックしました。

大連で値段をふっかけてきた中国人相手に怒り、時に笑いながらなだめて、他の日本人が買うよりも安く買えたこと。

世界で一番キツいと言われるインドで9日間バックパッカーをし、全部自分で英語もしゃべれないのにチケットも宿も手配して、一人旅を成功させられたこと。

紅茶を買う時にあのたくさんの観光客を騙してきたインド人に対して、思いっきりこっちの要求を飲ませられたこと。

「……えっと。」

……ぼくが趣味の海外旅行を通じて得られた価値観。

それは「きっとここ(日本)じゃなくても、自分は生きていける」という自信でした。

ちっぽけだけど、自分しかわからないだろうけど、胸を張ってそう言える自信。

そうです。他の日本人よりも外国人に物怖じせず、相手に対して堂々と意見を言える自分を、ぼくは海外で知ることができました。

海外旅行がぼくに教えてくれた価値観は「日本じゃなくてもきっと生きていける。だから日本で何があってもその場所がすべてだと思うな」ということだったんです。

……しかしそんなことは面接で言えません。口が裂けても。「じゃあ別にウチの会社じゃなくても良いじゃないですか?」と言われたら、どう切り返していいかわからないからです。

「そうですね……」とまたバカ正直に答えてしまうでしょう。

結局ぼくはそこで替わりの答えを用意できず、その質問には答えられずじまいでした。

 

 

人の目や世間体を気にせず、本当に自分がやりたいことを考えてみる

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面接が終わってその会社を出た瞬間、ぼくはまた失敗したことを後悔しました。

25歳になっても、オレは面接の一つうまくできないのか……。契約社員の面接一つ落ちるくらいだから、正社員の面接を後どれだけ受ければ、この面接に慣れるんだろう……?

彼女にふられたのと同じくらい憂鬱な気分に引きずり込まれたぼくは、ずっと革靴のつま先を見つめながら最寄り駅の青葉台に帰りました。

このまま家に帰るのも落ち込むだけだから、とりあえず本屋で本でも読んで、気分を紛らわして家に帰ろう……。

そういってぼくはBook 1st 青葉台店に立ち寄りました。

本を読んでると気分が少しでもやわらぎます。

「これからおれ、どうしょう?」そんなことを心の片隅で考えながらも、ぼくは本を読んで気分を紛らわしていました。

その時です。今でも覚えてますが、ビジネス書コーナーに立ち寄ったぼくは、ちきりんというブロガーが書いた『自分のアタマで考えよう』という本をボーッと読みながら、ふとこんなことを思い浮かべました。

「もし、もし、自分が世間体とか、人の目を気にせずにやりたいことをやるんだったら、何がしたいんだろう?」

何もないゼロベースのまっさらな状態で、本当に自分自身のやりたいことを考えてみる。

答えは光がコンマ0.数秒で点滅するくらいの速さで思い浮かべられました。

「海外、もう一度海外に行きたい。それも今度は英語を覚えて、外国人の友達を作り、そしてずっと同じ場所に住んでみたい」

もうどうせまた一年公務員試験をやって頑張ったって、毎日8時間も10時間も勉強して筆記試験通っても、たった10分間の集団面接で落とされるんだ。

それなら自分の本当にやりたいことをやった方がいいんじゃないか?

ぼくはそう思いました。

そしてその日、面接で言えなかった

「日本じゃなくてもきっと自分は生きていける」

その価値観を信じてみるべきじゃないかと思ったんです。

そこからの決断は一瞬でした。ぼくのように貯金がゼロの状態で、しかも英語が一切しゃべれない人が海外に住むには、ワーキングホリデービザが一番手っ取り早いです。

30歳までなら一年間滞在が許されるし、しかもその間アルバイトして生活費を稼ぐことができます。

だったらワーキングホリデーで選べる国の中だとオーストラリアだと決めました。

「オーストラリアで英語を覚えるために、一年間ワーキングホリデーをしよう。そしてそのあと別の国に住めるようになれる人になるための準備をしてみようじゃないか」

2年前の11月。ようやくぼくは人の目や世間体を気にするのをやめ、自分が本当にやりたかったことをやる決心をしました。

 

 

オーストラリアにワーキングホリデーをしようと決意し、2年間が経って

バラナシ サンライズ

あれからもう2年が経ちました。

もう一度海外に行くと決めたあと、数日後に家族の前で発表した「オーストラリアでワーキングホリデーをする」という計画は、当たり前のように母親の大反対に遭いました。

でも母親に対して、何度も説明しながら、ぼくはようやく納得してもらうことができたんです。

まあ情けないことを書くなら、25歳の男が反対する母親に向かってボロボロと泣きながら

「もう安定を求めるためにやりたくない仕事に時間を費やす。そんなことでは自分の生きてる価値がわからない。おれにそんなに反対するけど、じゃあお母さんがそんなに言うなら、自分の生きてる意義とか価値とか教えてよ」

と迫ったこともあります。

ダサい、情けない。どうしようもなくカッコがつかない。

ぼくはカッコいいことだけを書くつもりはないのでこういうことも書きますが、海外にもう一度出ようとするのは、決して面接が嫌だから逃げるように選べるお気楽な道ではありませんでした。

そこまで親に心配されるんだから、そういう道を選んでもきっちりと収入を得られて、そしてもう一度海外に行くと選んだからにはなんとしでも英語をしゃべれるようにならなければいけません。

だからオーストラリアでワーキングホリデーするだけだと英語を覚えない人がブログを見てもたくさんいたので、ぼくは自分でフィリピン英語留学という今注目されてる新しい留学方法を探してきました。

そのフィリピンのセブ島で今年の5月から7月まで3ヶ月間、一コマ50分のマンツーマン授業を一日6コマ、計300時間受けてきています。

そして今では日常英会話ならしゃべれるようになってきました。

お金もそうです。正直行くと決めてから貯金が2000円くらいしか銀行口座に残っていなかったので、正社員時代以上にアルバイトをして貯めました。

朝5時に起きて、6時にスーパーの品出しのバイトを10時まで4時間やる。 そして12時から渋谷まで行って、デパートのお中元を売る仕事を8時間やる生活を3ヶ月続けたりもしました。

その生活の中で休憩時間に英語の文法をおさらいしたり、海外で使うための便利なWebサイトやブログを読み漁ってたりしたのを覚えてます。

結果的に一年半で100万円ぼくは貯金し、それとはまた別に海外でも使えるiPhoneやiPad、そしてMacBook Airのパソコンを手に入れることができました。

いかがでしょうか?ぼくがこの2年間しんどい暮らしを送ってきたように見えますか?

でもぼくはその日々がたまらなく楽しかったんです。

なぜならぼくの全ての時間が、自分のやりたかったことを叶えるために向かっていたからです。

数十年後の退職金と安定した老後送るために今を我慢する暮らしより、ぼくは今全力でやりたいことをやる生活の方が幸せだと身を持って感じました。

たしかにぼくの将来は未だに不安定です。

でも2年前より1年前、1年前より今の方が楽しいと言えることが増えてきました。

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フィリピン英語留学したおかげで日常英会話ならしゃべれるようになったし、外国人の友達もたくさんできました。

台湾人の友達は20人以上いるし、中国人の友達もいる。韓国人も、タイ人の友達もいます。フィリピン人の先生とも今でもFacebookでつながってます。

台湾人の友達なんて、ぼくはオーストラリアにワーキングホリデー行く前に台湾に寄り、彼や彼女たちと実際に来月の11月に会う約束をするくらい仲良くなれました。

いったいどこの誰が、2年前にぼくがワーホリに行くと決めた横浜の本屋で

「きみは2年後にワーホリ行くけど、その前に台湾にいって、その台湾人の友達の家に泊めてもらえるくらい仲良くなれるから、このまま頑張りなよ」

そう励ましてくれる人がいたでしょうか?

先のことは誰にもわからない。そしてぼくのようにレールから外れる人を見ると、明るい未来より、失敗してしまう未来を人は心配してきます。

でもぼくはもう自分に無理して「世間一般では会社で働くのが安心だ」とか、「今まで会社で働くのが安定してたし、たしかに今は厳しいけど、失敗して路頭に迷うくらいだったら正社員の方が良いよ」という言葉を飲み込みたくないんです。

人と違っても良い。失敗するかもしれない。でもぼくは自分らしくこれからやっていきます。

これからワーホリへと向かうぼくを見て、中学時代の同級生は笑いながら言いました。

「海外で自分探しだなんて、人生迷走してるね。」

そう見えるかもしれません。でもぼくに言わせれば、今までの大学卒業してから会社で働き、公務員試験を受けた3年間のほうが、必死に自分を捜していたんです。

自分にはやりたいことがある。それを叶えるために、ぼくはこれからの人生を積み重ねていこうと思ってます。

自分で失敗に対する保険を自分のアタマでゼロから考えなら、いつでも「今が一番楽しいよ」と胸張って笑える自分を目指して。

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フィリピンのセブ島で今年の5月、つたない英語をあやつりながら台湾人の友達と一緒に家で料理を作ったぼくは、2011年の11月に横浜の本屋で思い描いた自分のやりたかったことが叶い、心の底から笑っていました。

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こんな笑顔をもっともっとできるよう、オーストラリアでも頑張っていきたいと思います。

長文読んでいただき、ありがとうございました。