大人の夏休み「ワーホリ」を1年やってどんな意味があったの?1年間のオーストラリアワーホリを終えたぼくが答えます


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ついにほぼ1年におよぶぼくのオーストラリアワーホリが終わりました。

どうもみなさん、こんにちは。現在この記事を台湾へ向かう飛行機の中で書いているまえちゃん@Maechan0502です。

Time flies so quickly(時間はあっという間に過ぎ去る)

その言葉を証明するかのように、ぼくは2014年10月22日の朝6時15分。オーストラリア大陸の北の先端にあるダーウィン空港から旅立ちました。

正直、本当に1年間オーストラリアでワーホリしてたなんてウソのようで、そしてあの濃かったオーストラリアでの日々はたった数ヶ月の事のように思えます。

でも確かにこれは1年間経ってしまった事です。そしてぼくはワーホリに行く前に「ワーホリに行って何の意味があるんだ?」と多くの人に問われてきました。まるで大人が取る長い夏休みのようだったオーストラリアワーキングホリデー。

1年経った今、その質問に素直に答えてみたいと思います。

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オーストラリアワーホリで何が得られたの?

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さてぼくがワーホリで得られたものはなんだったのでしょう?

海外で生活する能力?それとも英語力?たくさんの外国人の友達?

どれも確かに伸びました。しかし一番伸びたのはレディーファーストができるようになったことです!

女性のためにお菓子を作り、食事の席で皿をとりわけ、そして黙って重いものを持っていたら自分が代わりに持つ。

ハイハイ、となんでも答えられる自分はまるで「世界中の男性から人気の日本人女性!!」。これからのぼくの人生で多くの女性に振り向いてもらえるようになれた事を願ってやみません!

あー、いいワーホリだった!

……はい、そろそろこのブログをそっと閉じられて2度と開いてもらえなくなる前に、ちゃんと書かなくてはなりませんね。

ぼくがオーストラリアでわかったワーホリに来た意味。

それは自分自身に何度も問いかけ、自分のやりたい事を見つけられた事でした。

1年前のワーホリに来る前の自分と比べてみて

オーストラリアに来る前の台湾の桃園空港で台湾人のリリー(真ん中)とニッキー(左)と一緒に。この後一緒に働くとは夢にも思わなかった

わかりやすく1年前のぼくと比べてみましょう。正直に言えば1年前のぼくは、いろいろなことがあいまいなままオーストラリアにワーホリに来てしまいました。

たとえばなんでオーストラリアでワーホリしたいか?という理由にしてもそうです。別に英語圏ならどこでも良かった。ニュージーランドやカナダでも。ただワーホリビザが一番取りやすくて仕事もありそう。そして寒くない!という理由だけでぼくはオーストラリアを選んだのです。

1年前のぼくは海外に住んでみたいという理由が先行していました。

英語力にしても、どの程度伸ばしたいかわからない。いろんな国の友達を作りたいけど、その後何が起こるかわからない。

ただ自分の直感とやりたかったこと、そして準備不足の30万円を持ってオーストラリアにワーホリに来ました。

1年間のうちに何がオーストラリアで起きたか?

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不安と可能性を信じたぼくのワーキングホリデー。でもすぐにぼくは壁にぶつかります。

オーストラリアの物価は日本の2倍だから働かなきゃいけない。またワーホリに来ても英語力は全然伸びない。物価の高さの前に働かないといけないと焦り、またシェアハウスの住人と揉めたり、仕事をすぐクビになったりと散々でした。

新しい海外生活を求めてワーホリに来たのに、結局オーストラリアでも仕事探しに追われる日々はしんどいものだったのを覚えてます。

なんでオーストラリアに来たのか?ここで何がしたいのか?

オーストラリアの物価の高さは常に、甘かったぼくに憎たらしいくらい問いかけてきました。

それはまるで「オマエのやりたいことを追いかけるなんて考えは甘いんだから、おとなしく日本に帰って就職活動でもしてろ」と無言でプレッシャーをかけられているかのようでした。

でも、それでも、ぼくは2013年が終わる頃、オーストラリア大陸の右下にあるタスマニアという島で自分に問いかけたんです。何が好きで、何をやりたいのか?と。

2013年11月 台湾の高雄にある台湾人のリリーの家で

答えはシンプルでした。ぼくは一緒に来た台湾人の女の子のリリーが好きで、そして振り向いてもらいたかったからここにきたんだって。

今でも思いますが、衝撃的です。自分でも。ワーホリする理由が好きな女の子を追いかける以外モチベーションがなかっただなんて(笑)

DSC077502014年3月 オーストラリアのニューカッスルのiBisホテルで

しかしその後ぼくは本当に運良くその台湾人の女の子リリーと一緒に仕事をして、住む事になりました。シドニーから北に電車で3時間行ったニューカッスルという街です。2014年の1月が終わる頃でした。

結局ぼくはバレンタインデーに告白して振られ、よそよそしい関係のままほぼ24時間一緒という地獄のような関係を味わうのですが、それはまた別の記事に詳しく書きたいと思います。

そしてなんとか友達の関係にその後2ヶ月間で戻し(むしろリリーが大人だったのか、普通に頑張って接してくれました)、ぼくらは2014年の5月にニューカッスルを出ました。そしてリリーは台湾へ、そしてぼくはまだオーストラリアに居続ける事を選んだのです。

その時もぼくは自分に問いかけました。「いまだに好きな子はオーストラリアを去ったけど、自分は何がやりたいのか?」
と。

そこでぼくは気付きました。「いまだに台湾人のリリーが好きだし、そして好きでないオーストラリアに住むより、今度は自分の好きな国に住みたい。それは台湾だ。」ということに。

Perth sharemates 14オーストラリア西海岸の台湾人シェアハウスで

やっと答えを見つけたぼくは、その後ブログでおカネを稼ぎながらワーホリで台湾に住むため、オーストラリアのパースに移り、ブログを書きながら台湾人が住むシェアハウスに5ヶ月間も住みました。

そしてワーホリが終わった今に至ります。

ワーキングホリデーが終わって、何が自分の中で変わったか

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あれから1年。今何が変わったかと言われれば、1年前よりいろんなこと掘り下げられるようになりました。

ぼんやりと1年前はやりたいことが「海外に1年間住むこと」でしたが、今は「台湾に1年間住むこと」です。仕事も1年前は「できれば英語を使って仕事をすること」でしたが、今は「台湾と台湾人の魅力を日本人に伝えられる観光ウェブサイトを作ること」と言えるようになりました。

ぼくの中で「なんで台湾に住みたいの?香港や中国、そして英語圏じゃダメなの?」と言われれば、ハッキリ答えられます。

台湾人の底抜けに優しい人柄やぼくが好きな台湾の音楽や映画、そして歴史をもっと掘り下げたいからです。それには香港や中国じゃダメだし、そして何よりワーホリで行ける英語圏に興味がありません。

「じゃあなんで観光ウェブサイトを作りたいの?」と質問されれば、ぼくはこう答えるでしょう。

「台湾人の人柄にふれられる新しい台湾旅行を提案して、もっと日本人に台湾人の魅力を知ってほしいから」です。

ぼくは台湾が好きなように、人に文章を書いて伝える事が好きです。このブログはいい時だと1日2000人以上に読んでもらっています。

ブログを書く事なら1日何時間でもできるし、ワーホリで多くの人にぼくのブログを読んでもらえたように、今度はもっと大きく台湾と台湾人の魅力を多くの日本人に伝えたい。ぼくがフィリピンとオーストラリアで出会った台湾人の優しい人柄を多くの日本人に届けたいです。

最後に ぼくらはワーキングホリデーで何を探すべきか?

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ぼくがオーストラリアのワーキングホリデーで成長できた事は、1年前より1歩、2歩踏み込んで、この先のことが言えるようになったこと。それが最大の成長です。

今もぼくのやりたいことは変わりません。台湾でワーキングホリデーしたいし、台湾人女性のリリーに振り向いてもらいたい。

でも1つ変わってきた事は、たとえ台湾人の女の子のリリーに振り向いてもらえなかろうが、ぼくはやっぱり台湾が好きだし、台湾人が大好きだということです。

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ぼくの好きな国に住みたいという気持ちは揺るがないし、台湾と台湾人が好きだという気持ちも1年半の海外生活を通して確かなものに変わりました。そしてブログやウェブサイトを通して多くの人に届けたいという気持ちはもっと強くなっています。

開き直るわけじゃないけれど、別にオーストラリアで英語を上達しなくてもいいと思います。それよりぼくはワーホリで自分のやりたいことを見つける事が一番大事だと信じてます。

迷ってもいいし、悩んでもいい。だけどぼくは他人が「すごいね」とほめるような事にまどわされず、自分のやりたい事を探して貫いてほしいです。ワーホリ来て100万円貯めようが、その次に永住権取ろうが、そして別の国を転々とワーホリするだけじゃ意味がないと思う。

ワーホリビザなんて30歳までしか取れないし、いつか誰にでも夏休みの宿題をイヤでもやらなければいけない8月31日はやってくる。

だからこそ悩みながら、年齢や海外のしんどい生活を言い訳にせず、自分の好きな事、やりたい事を見つけてほしい。それがワーキングホリデーをするぼくらの夏休みの宿題だと思うからです。

不安はぼくもあります。でも大学を卒業して就職した頃より、ワーホリ行こうと決意した3年前の方がワクワクしているし、ワーホリに行く1年前より、ワーホリを終えた今の方がこれからのぼくの未来にワクワクしてる。

依然としておカネは必要だし、ラクじゃないけれど、見えない未来にずっと期待できるようになりました。きっと3年前のぼくより、心も身体も遠くに来れたと感じられるからです。

もう2度と戻ってこない20代をぼくは楽しみたい。台湾に行くから遠回りしたけど、胸を張ってオーストラリアでワーホリしてよかったと言える。

これからもぼくは悩むし、バカだから壁にぶつかるんでしょうが、それでも遠くへいきたい。

少しずつ自分の中で揺るがない芯が固まってきました。

ぼくのワーホリはこれからも続きますが、ひとまず今日オーストラリアでのワーホリが終わりました。このブログも続けるし、台湾でワーホリもしますが、区切りとしてつたない文章ですが今の気持ちを記しておきます。

2014年10月22日 トランジットで止まったシンガポールのチャンギ空港にて。

ではまた!