
ついにオーストラリアで壊れたメガネを買い替えました。
どうもみなさん、こんにちは。ワーホリを終えて日本に帰国してきたまえちゃん@Maechan0502です。
すごいですね、メガネは近所のJINSで買っていたのですが、その値段が6300円だったことにビックリしています。何でも安く買えて、しかもデザインも品質も良い日本メーカーには驚きです。
しかしなんかモヤモヤを感じるのも事実。小さな幸せを感じるけど、メガネを取り替えた時に「よかったら今までお使いのメガネはこちらに捨てていただけます」と示されたメガネのたくさん入ったゴミ箱をみて違和感を覚えずにいられませんでした。
それでいいのか!?大量消費社会ニッポン!いやそのおかげでおれの生活も便利だし……。というモヤモヤ。
そのくせぼくは現在無職なのに18万円する折りたたみ自転車に乗っているんですよね。オマエは庶民派なのか、エセセレブなのか?どっちやねん!
でもこれが20代のぼくの感覚なんです。おカネをモノに使うなら振り子のように「激安」と「超高級路線」を大きく振り切ってしまう。
たぶんこんな同世代の若者、ぼく以外にもいるかもしれませんf。「若者の〜離れ」とつながるかわからないけど、今日はその20代の若者の1人であるぼくのモノへの価値観を素直に書いてみます。
ではどうぞ。
安くても幸せならそれでいいじゃない。でも……。

まったく6300円で新しいメガネが手に入るだなんて思いもしませんでした。
別に6300円のメガネにしたからって、ぼくのメガネのレンズの視力が落ちたわけではありません。むしろレンズの傷がなくなってより見やすくなりました。フレームもオシャレになったし、気分は最高です!
しかし写真に撮ったのですが、メガネのリサイクルボックスは考えさせられずにはいられません。まるで中に入ってるのは使い捨てメガネみたいで、これでいいのかと思いました。
安いからと言ってコレクションしても、自分の目は2つしかないわけです。じゃあメガネを5本持っていたからといっても、いっぺんに5本かけられるわけなじゃない。
ぼくはタイプ的に何か服でも、靴でも、気に入ったものを使い続けてしまうタイプです。JINSもあと1本買ってしまったら、きっと日によってメガネを替えるなんてことはせず、自分の気に入ったメガネを使い続けてしまうんでしょう。
そういうタイプの人、ぼくの他にもいると思います。JINSにメガネを捨ててきた人は結局使わなくなるから、リサイクルボックスに入れてしまう。
じゃあ安いJINSのメガネを何本も揃えても、おカネをムダにしてるってことにならないでしょうか?余計なおせっかいかもしれませんが……。
ぼくが18万円の折りたたみ自転車を買った理由

現在ぼくの乗っている折りたたみ自転車はブロンプトン(BROMPTON)と言って、イギリスで作られている有名折りたたみ自転車です。
折りたたみ自転車と言えばまずこのメーカーの名前が最初に出ます。そして値段は約18万円でした。
そう、思い切ってぼくが18万円の自転車を購入したのは、1つの自転車を大切に乗りたいと思ったからです。昔のぼくを含めて、日本人はママチャリを使い捨てのような自転車だと思っているところがあります。別に盗まれたら新しく買えばいい。ドンキホーテで1万円くらいで買えるんだからって。
でも18万円の自転車を買うと、それは丁寧に乗ります。メンテナンスもチェーンの汚れを拭き、きちんと錆(さ)びないように油をかけるようになるんです。めんどくさがり屋のぼくでも、まるで愛犬の面倒をみるかのように自転車を扱います。
しかもこれは折りたたみ自転車だから、折り畳むと電車の中に載せて持ち運べるんです。これで東京の渋谷駅あたりで下りて組み立てると、すごく楽しい。
なぜなら東京を自転車に乗って走り抜けられるからです。東京を歩いたり、クルマで抜けたことがある人は多いけど、自転車に乗ったことのある人は少ないのではないでしょうか?
18万円したけど、長く乗るなら元は取れるはずだし、電車に乗って遠くの街にいってサイクリングできる。この経験が何より代え難くて楽しいです。ぼくにとってはクルマを買うより、魅力的なんです。
必要なモノは安く手に入るから、思い出を大切にしたい

本当にぼくらはいい時代に生まれました。社会学者の古市憲寿さんが今の若者を評して『絶望の国の幸福な若者たち』と言っています。
ぼくもそう思う。たしかに国の借金は1000兆円を超えてるし、将来ぼくらの20代の世代は年金ももらえそうにないし、これから世界第3位の経済大国の地位から転げ落ちるんでしょう。
でも今JINSにいけば6300円でメガネは買えるし、ユニクロに行けば清潔感ある服が安く買える。別にブランドじゃなくていいです。ブランドの服着てても女の子からモテないってことがわかったし。
現代日本という幸福な国に生まれたことが幸せです。
その一方でモノを増やしてもなんか幸せを感じられません。たとえ景気回復には消費だ!と政府が宣伝しようが、JINSが安いからといって、いらなくなったメガネをリサイクルボックスに突っ込むほど、ぼくはメガネをJINSから買いたくはない。
だったら面白い思い出がたくさんできるモノを買って、それをぼくは永く使いたい。できれば着ている服のブランドで人のセンスを評価してくる人より、同じように自転車が好きな人とサイクリングに出かけたい。
別にこだわらない部分はとことんファストファッションなどで安くして、自分のお気に入りのモノにおカネをかけたり、旅行に出かけて今を楽しみたいのが、20代のぼくの気分なのかと思います。
振り返って たぶんぼくは中流(ミドル)というものをもう求めなくなっていく

振り返ってみて思いましたが、ぼくの求めてるものって中流(ミドル)が抜けているんですよね。
現在先進国では中流階層が崩壊していると言われます。ウチの50代の両親は鹿児島と新潟の田舎から出てきて、横浜でマイホームを購入しました。高級外車を乗り回せるほど裕福じゃないけど、横浜のマンションを購入できたから貧乏ではないはずです。
いわゆるぼくが生まれたのは日本を代表する中流家庭。
でもぼく自身は大学は出て正社員になったけど、もう5年も前にやめてしまいました。今さら正社員として働く気もないので、日本では大卒の高学歴なのにフリーター&ニート生活です。未だに大学時代に借りた奨学金が数百万円単位である。
そう、ぼくは下流に転落中です。
同じく今世界中でも中流層がどんどんなくなってきています。オーストラリアに行ってもヨーロッパの母国には仕事がないから、稼げるオーストラリアにワーキングホリデーしている同世代の若者にたくさん会いました。どの先進国でもリアルに中流層がなくなってきている。
そして格差は1%の持てる者と、99%の持たざる者に分かれています。
それと合わせるように、ぼくの選ぶモノもいくつかの高価な品物と多くのファストな安い品物に分かれている。
意識してこなかったけど、もう中流になれないぼくは、持ち物でも中流志向をやめているみたいです。
あなたの持ち物はどうでしょうか?
ではまた。