台湾の桃園市は何もないんじゃない。実は台湾を小さく詰めた場所だった【PRツアー前編】


どうもこんにちは、台湾在住4年目のまえちゃん@Maechan0502です。

いきなりですが、質問です。台湾の桃園と聞くと、あなたは何を思い浮かべますか?

この質問をされると、台湾好きは言葉に詰まってしまう人が多いんではないでしょうか?

台湾最大の桃園空港、2017年に開通した台北駅直結の桃園エクスプレス、観光客に観光されずに素通りされる市……。

日本人が思い浮かべるのは、こんなところでしょうか?

鋭い人はお気づきだと思いますが、台湾の桃園市はわりかし日本の千葉県にそっくりなんですね(笑)

日本最大の成田空港、空港から東京直結の京成スカイライナー、観光客に観光されずに素通りされる県(あ、ディズニーランドは東京です)

ぼくは現在32歳なんですが、人生で2年間ほど千葉県民だった身として、「どーせ桃園も何もないんだろうな」と思っていました。

しかし台湾の桃園市側から、「もっと日本人も観光に来てください!いいところ、ありますから!」と桃園市の観光ツアーに招待いただいたので、紹介したと思います。

意外と行ってみたら、台湾の桃園は日本の千葉県にも似ているけど、「桃園は台湾を縮小した、小さな台湾じゃないか?」と思ったので、その魅力を紹介します。

では長くなりましたが、行ってみましょう!

桃園ツアー旅行記は桃園空港から

Taoyuanairport

桃園ツアーの初日は、台湾最大の空港である桃園空港から始まりました。

Lily san

今回、この桃園空港で待っていてくれたのが、リリーさんというガイド役の台湾人女性です。

日本に2年間住んでいたので日本語がペラペラで、桃園市出身という今回のガイドには最適な方でした。

ここで個人的に疑問になったのが、リリーさんのルーツです。

台湾の桃園出身の台湾人は中国のユダヤ人と呼ばれる客家人の割合が多く、ぼくの友達でも5人ほど桃園出身の客家人がいます。

他の地域の台湾人と全然そんなことないのに、桃園出身者だけは異様に客家人が多いのです。

ぼく:「リリーさんは桃園の人だから、台湾客家人(中国のユダヤ人と呼ばれる人々)なんですか?」

リリーさん:「いいえー、私は客家人ではなく、普通の台湾人(台湾の中でも一番多いホーロー人)ですよ」

なるほど。桃園にも当たり前だけど、ホーロー人がいるようです。

そして、この旅で出会う桃園人に、ぼくが何気なく先祖のルーツを尋ねたこの会話で台湾の桃園を深く理解できるとは、ぼくはこの時知るはずもありませんでした。

Driver

このリリーさんと、台湾人の男性ドライバーさん、ぼくの3人で2泊3日の桃園ツアーをめぐります。

2泊3日の短いけど、日本人の気づかない桃園の魅力をめぐる旅行が始まりました。

慈湖紀念雕塑公園(兩蒋文化園區)

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最初にやって来たのは、慈湖紀念雕塑公園(兩蒋文化園區)です。

今回のツアーは、完全に桃園市側が「ここを日本人に行ってほしい」というスポットをピックアップしてくれたので、ぼくらはこれに沿って行きます。

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橋を渡るとだんだんと、この公園の全貌が明らかになりました。

さて!どんな面白いスポットがここにはあるんでしょうか!?

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……。

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…………。

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………………。

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「……しょ、蒋介石の大量の銅像!?夜に肝試しでもやるの!?」

ええ、どこをみても、中華民国の初代総統、二代目総統の蒋介石・蒋経国親子ばかり。

ここ、日本人を何も知らない日本人が観光するのは、ハードルが高そうです……。

歴史のおさらいをすると、1895年から1945年まで台湾は日本の植民地でした。

その後の日本の終戦(第二次世界大戦での敗戦)後、1945年から1988年まで台湾を統治したのが、中国からやってきた蒋介石、蒋経国の親子です。

この親子が独裁して統治していた43年間で、たくさんの2人の銅像が台湾中の街中や学校で作られました。

当時は独裁者的な部分もあったので、それ以降に民主化した台湾では印象悪いから、ここに集められたんでしょうか?

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しかし公園内にある「慈湖旅遊中心(両蒋慈湖特展)」では、蒋介石・蒋経国親子が台湾の経済的発展にいかに貢献したか?という展示もしてありました。

展示は中国語で書かれているので分かりづらかったんですが、展示されているQRコードを読み取ると、日本語訳を自分のスマートフォンで聴けてびっくり!

一見、負の歴史を集めたのかと思いきや、ここではたしかに2人の功績を聞くことができます。

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不思議に思っていると、公園の端っこにあった石碑にはこう書いてありました。

「これは私たちにとって、歴史の鏡である」と。

蒋介石と蒋経国親子は戦後に中国から渡ってきて、元から台湾にいた台湾人と衝突したこともありました。

政治的に独裁していて、台湾の民衆の自由がきかない時代もありました。

でも戦後に中国からやってきた蒋介石・蒋経国の親子が、今の台湾の経済発展のベースを築いたのも事実です。

それ全部ひっくるめて、歴史として残しておく。

ぼくは一見、「夜に肝試しでもする公園か?」と失礼なことを考えてしまいましたが、実は台湾人の歴史観と謙虚な姿勢を学べる公園でした。

羅浮温泉

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慈湖紀念雕塑公園(兩蒋文化園區)を後にしたあと、そのまま山奥に入りました。

そこでぼくがやってきたのが、羅浮温泉と呼ばれる場所です。

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ここは足湯ができるスポットで、朝から夕方の17時までぬるめのお湯に浸かることできました。

ちょうどぼくが行った時は、観光に来ていた人が足湯をしていたところです。

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ここでぼくが面白いと思ったのは、足湯よりもまわりで桃やアイスを売って営業をしていた台湾人でした。

なんとここの人たちは、原住民と呼ばれる台湾人だったのです!

なんでも桃園の山岳地帯には、泰雅族(タイヤル族)という先住民族が住んでおり、現在も山岳地帯で生活しているようでした。

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台湾の先住民族はその名の通り、ずっと台湾で暮らしていた民族のことです。

17世紀(1600年代)から中国大陸から台湾に漢民族が移住してきたんですが、原住民はその前から暮らしており、顔つきがマレーシア人やフィリピン人に似ています。

いまも台湾の全人口の2%を占め、台湾の東海岸にある台東県や花蓮県に多く暮らしているんですが、その次に先住民は桃園に住んでいるとぼくはここで初めて知りました。

Vivian mrt taoyuan元ブラックビスケッツのビビアン・スー

台湾の先住民族というと、日本人には全くピンとこないかもしれません。

ただ30代以上の日本人だったら一番馴染みの深い台湾人のビビアン・スーも、半分泰雅族(タイヤル族)の血が入っています。

ぼくら日本人は台湾人というと、台湾に住んでいる人々を指すと思いますが、実は台湾人という呼び方はいろんな台湾の歴史の時期に来た人の総称です。

その中でも原住民は一番台北から遠くにある地域に住んでて会いにくいと思っていたので、まさかこんな近くで会えるとはびっくりしてしまいました。

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今はまだまだここは開発されていません。

しかしもうすぐ観光列車が通って、もっと気軽にこの原住民の里まで来れる日がくると、原住民のおじさんは話してくれました。

卡拉部落加拉教會(原住民の教会)

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旅は続きます。

桃園ツアーの初日のハイライトとしてやってきたのは、拉拉山という山の中にある教会でした。

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道がくねりすぎて「こんなところ来たくなかった……」と思わず心の中でつぶやいた時に

桃園市の山奥の中で、突如ぼくの目の前に現れた大きな建物。

それはなんと教会でした。

なんでもここはこの地域に住む台湾原住民が、キリスト教の神様を祈るために作ったそうです。

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都会だったら全く驚きませんが、台湾の山奥にこんなに大きな建物!

これには驚きました。

しかも正面から見るとわかりにくいんですが、この教会はあの形を模して作られたのです。

Images kyokai lalasan引用:小熊維尼之可愛窩~

そう、旧約聖書に出てくるノアの箱舟です。

旧約聖書では、こんな記述が出て来ます。

ノアは箱舟を完成させると、妻と、三人の息子とそれぞれの妻、そしてすべての動物のつがいを箱舟に乗せた。

洪水は40日40夜続き、地上に生きていたものを滅ぼしつくした。

水は150日の間、地上で勢いを失わなかった。

その後、箱舟はアララト山の上にとまった。

引用:wikipedia

神様が堕落した人間を滅ぼすために洪水を引き起こすと決めたんですが、神様はノアだけには命じて、それを避ける箱舟を作らせました。

その小さい頃、マンガで読んだ物語が目の前に現れたと思わせてくれる、この教会。

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ちょうど日が沈む時刻だったので、背景の青空が洪水にも思えて、すごく印象的です。

台湾原住民にとってキリスト教は戦後に入ってきて、そこで改宗したそうなんですが、彼らの今の生活をすごく理解できる場所だと思いました。

ぼくはてっきり桃園というので、客家の台湾人に会えると思っていたんですが、どうやらこの旅は、蒋介石や原住民などに会う旅になっているようです。

それにしても思った以上に桃園は、いろんなルーツを持った台湾人が住んでいます!

拉拉山民宿 福緣山莊(フーヤンツーリストホーム)

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桃園の山奥、山奥へと進んでいく初日の桃園ツアー。

この日、最後に訪れた場所は拉拉山の山奥にある民宿でした。本日はここに泊まります。

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この民宿にいたのが、今年38歳の台湾人2代目オーナーのブライアン(現在お嫁さん大募集中)です。

もともとは桃園の都会に住んでいたんですが、彼が大学生の時にご両親がこの山奥で民宿を始めました。

そして現在は両親が高齢になってきたので、街の仕事を辞めて親孝行するために、ここの民宿を手伝っているそうです。

今回の桃園ツアーはもう桃園にいる原住民に会いにいくツアーだと思っていたいので、彼と会うなり、ぼくはこう聞いてしまいました。

ぼく:「ブライアンは台湾の原住民なんですか?」

ブライアン:「ぼくら親子は客家人ですよ!桃園出身のね。」

(あれ?ようやく桃園で客家の台湾人に会えたけど、台湾の原住民の民宿はやってないんだ……)

出会う台湾人のルーツをぼくが予想しては外し続ける、今回の桃園ツアー。

思った以上に桃園というのは、たくさんのルーツを持つ台湾人が住み、この地で生活しているようです。

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しかしこの日の夜にこの民宿で出てきたご飯は、客家料理と原住民料理のミックスでした!

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たとえばシェンズーローという料理です。これは原住民で一番有名な料理らしく、ここの民宿では夕食で出しているようでした。

塩につけたお肉を酸味の効いたタレで食べるんですが、野性味あふれる味で美味しかったです。

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その一方で出てきたポテトサラダは、ブライアンのお父さんが作った客家料理でした。

こちらは洋風と違ってジャガイモにもしっかり味がついています。

ポテトサラダは丁寧に味がつけられていたので、長い年月の間に料理方法が確立されていったことがうかがえました。

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この日の最後はべろべろに酔ったブライアンに挨拶して、お別れで終了しました。

日本語と英語も話せて、ジョークが大好きなブライアン。

お客さんをもてなす彼のホスピタリティーは、本当にすごいと感じます。

台北の観光地は忙しくて流れ作業のような接客をされてしまいますが、ここにはぼくがオススメしたい人懐っこい台湾人との交流が残っていました。

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そして部屋は、山奥と思えないほどの綺麗なベッドルーム!WiFi(ワイファイ)もちゃんと飛んでいるので、日本人でも安心して泊まれる場所だと感じました。

桃園ツアーの初日を終了して感じたこと

というわけで、どうだったでしょうか?桃園ツアーの旅行レポートは。

ぼくが桃園ツアーの初日で感じたことは、

「台湾の桃園市は日本の千葉県にも似ているけど、実は台湾にやってきた人の歴史が詰まっている場所ではないのか?」

ということでした。

台湾は、実は移民で成り立っている、小さな「台湾合衆国」というべき国です。

もともとこの九州くらいのサイズの島にずっと住んでいた、台湾のマレー・ポリネシア系先住民族。

1600年代から1800年代までに、中国大陸からやってきたホーロー人と客家人(両方とも漢民族)。

1945年以降、中国大陸からやってきた人々(外省人と呼ばれる人々)

そんな人たちが築いた歴史的遺物や文化、そしてルーツを持って生きる台湾人に出会える。

これは客家人や原住民の少ない台北や台南を旅するだけではできない旅行です。

それが桃園の魅力じゃないか?と感じた……

…………

…………んですが、また2日目、3日目の桃園ツアーに入ってくことで、このぼくの桃園の印象はさらに変わるのでした。

そんなわけで、次回は「台湾ガイドブックが教えてくれない、台北でも、台南でもわからない、本当の桃園旅行の魅力(後編)」に迫りたいと思います。

ではまた。

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