ゴンチャー(貢茶)、ココ(COCO)を始めとした、日本のタピオカミルクティー。
今や日本中で大人気のタピオカミルクティーですが、本場の台湾では年代とともにタピオカミルクティーは進化してきたって知っていましたか?
どうもこんにちは、台湾でタピオカミルクティーを飲んで6年目のまえちゃん@Maechan0502です。
さて、ぼくは最近自分のYouTubeの企画で、台湾のタピオカミルクティーを12杯飲み比べるという狂った企画をやってみました。
タピオカミルクティーを買い込み、だいぶ胃袋的にも、お財布的にも厳しかったのですが、そこで気付かされたことがあります。
「そういや、台湾のタピオカミルクティーって、この6年間でけっこう流行が変わってきたよな」と。
そうです!
ぼくは動画撮影中には気づかなかったのですが、タピオカミルクティーはこの6年間で、定番から味、材料、見た目を追求して、かなり進化してきたのです。
もっと早く気づけよ、うちのオレ!と叱ってやりたい気持ちでいっぱいですが、その解説をブログでやってみました。
この記事は、私的な「タピオカミルクティー進化論」です。
ぼくが勝手にタピオカミルクティーを第1世代から第3世代までグループ分けし、歴史や味、変化した理由を考察しています。
どこにも載っていない分析ですが、台湾旅行の参考になれば嬉しいです。
では行ってみましょう。
タピオカミルクティー第1世代(誕生) 1987〜2000年くらい
【第1世代の50嵐(ウーシーラン)】
・50嵐(ウーシーラン)
・COCO(ココ)
・貢茶(ゴンチャー)
・春水堂(チュンスイタン)
・清心福全(チンシンフーチェン)
さて、まずは台湾のタピオカミルクティーの第1世代の紹介です。
これらのブランドたちは、タピオカミルクティーを生み出し、台湾に根付かせたので第1世代に分類してみました。
日本で有名な台湾のタピオカミルクティーブランドの、貢茶(ゴンチャー)やCOCO(ココ)も第1世代です。
第1世代の基準は、春水堂(チュンスイタン)が生み出したと言われる、タピオカミルクティーの作り方をマネして、普及させたところに注目してみました。
つまり、粉ミルクと紅茶を混ぜ、タピオカに注ぎ込む方法ですね。
またもう一つの基準として、オープンしてからだいぶ長いチェーン店ブランドを、このグループに入れています。
年代でいうと、1987年から2000年くらいまででしょうか?
いま20〜30代の台湾人にとって、自分が学生時代から飲んできた有名店ばかりです。
ぼくが2013年に台湾に旅行に来た時、台湾人の友達にオススメや有名なタピオカミルクティー店を聞いたら、50嵐やCOCO、春水堂を挙げてくれました。
もし台湾でタピオカミクティーを飲みたい人は、「ここのグループのお店は、昔からあるんだなぁ」と思ってもらえたらと思います。
ぼくの友達の台湾人は、オーストラリアにいた時、「久しぶりにタピオカミルクティーが飲みたい!」と言って、電車で3時間かけてシドニーまでタピオカミルクティーを買いにいってました。
日本人が寿司やラーメンを恋しく思うように、台湾人もタピオカミルクティーに同じ感覚を抱くようです。
タピオカミルクティー第1世代の考察 タピオカミルクティーは熱帯の台湾南部だからこそ、ここまで育った
【青い空とヤシの木がしげる台南南部 台南】
タピオカミルクティーに限らず、台湾のドリンクスタンドは、台湾南部のほうが強いと言われています。
それは台北、台中が亜熱帯なのに対し、台南や高雄は熱帯地方だからです。
ぼくは台北で以前、ドリンクスタンドをやっている台湾人に「台南とか高雄に出さないんですか?」と聞いたらところ、
「ダメダメ!台湾の南部のドリンクスタンドは競争がすごくて勝てないですよ!」
と言われたことがあります。
たしかに台湾南部にしかないドリンクスタンドも多いです。
また台湾で一番有名なタピオカミルクティーチェーン店の50嵐は、1994年に台湾の台南で創業して、全台湾に広まりました。
こういう事実を知るたびに、ぼくはあの時に台北のドリンクスタンドのお姉さんに言われた言葉を、あらためてうなずかざるを得ません。
タピオカミルクティーは、暑い地方の台湾だからこそ、冷たい飲み物が欲しくなり、生まれたんでしょう。
12ヶ月のうち、10ヶ月は暑い台湾南部でタピオカミルクティーが発展したのは、必然だったのだと思います。
タピオカミルクティー第2世代(多様化) 2000〜2015年くらい
【第2世代の茶湯會(チャータンフイ)】
・迷夏客(ミルクショップ)
・茶湯會(チャータンフイ)
・天仁茗茶(ティェンレンメイチャー)
・鮮茶道(ティープレッソ)
・COMEBUY(カムバイ)
次に紹介するのが、タピオカミルクティーの第2世代です。
ブランドでいうと、迷夏客、茶湯會、天仁茗茶、鮮茶道などが代表的でしょうか?
ちょっとここのグループ分けが一番難しいので迷ったのですが、第2世代の特徴は「タピオカミルクティーの多様化」です。
高級化路線や「脱ティー」を目指したり、茶葉の味や安全性にこだわったブランドを、第2世代に入れてみました。
【第2世代の迷夏客(ミルクショップ)】
たとえばぼくは2015年頃、「普通のタピオカミルクティーの味に飽きちゃったよ」と台湾人の女の子にポロっと言ったところ、
「それなら珍珠鮮奶(タピオカミルク)を飲んでみたら?」とオススメされました。
調べてみると、珍珠鮮奶(タピオカミルク)は、味のついたタピオカに新鮮な牛乳を入れたのが特徴の飲み物のようです。
このような「脱ティー」をした珍珠鮮奶(タピオカミルク)は、台湾で2015年くらいまで一定の人気がありました。
また2014年に台湾を訪れところ、ぼくは台湾人の友達に「茶湯會(チャータンフイ)」というブランドをオススメされた思い出があります。
ここは台湾で最初にタピオカミルクティーを作ったと言われる春水堂(チュンスイタン)のオーナーが、茶葉の味にこだわって作ったテイクアウト専門店です。
当時、アラサーだったぼくの女友達は
「COCO(ココ)は私が高校生とか大学生くらいに飲んだけど、30歳近くなった今は、茶湯會がいい!COCOはダメね。」
と言っていました。
2015年くらいまでは、このように味やミルク、高級価格、あと安全性にこだわったタピオカミルクティーが出されていたと感じます。
第2世代のタピオカミルクティー考察 後発チェーン店は差別化戦略をとり、多様化した
【タピオカミルクが有名な迷夏客(ミルクショップ)】
1987年に台中で生まれたと言われるタピオカミルクティー。
それが2015年くらいまで、多種多様なドリンクが出るようになりました。
何故こうなったのかというと、今振り返ると思うのです。
それは、ドリンクスタンド後発組の差別化戦略ではなかったのか?と。
すでにタピオカミルクティーは、第1世代のおかげで「タピオカにミルクと紅茶を入れる」という定番が決まりました。
今さら後発組が同じものを作っても敵いません。
だから茶葉を変えたり、ティーをミルクにしたり、少し高い値段で変化を打ち出したのです。
また消費者を拡大させたのも、タピオカミルクティー第2世代の特徴であります。
印象的だったのは、2014年にぼくの台湾人女友達(当時アラサー)が言っていた、「COCOは茶湯會に比べて、良くない」という言葉です。
COCOは40台湾ドル(約140円)で量の多いタピオカミルクティーを飲めるコスパのいいブランドですが、それは学生や若い人向けでした。
大人になれば、高くて量が少なくてもいいから、味のいいものが飲みたい。
茶湯會は、そんなニーズを汲んで高級路線にして、普通のタピオカミルクティーに飽きていたアラサー以上をターゲットにしたのです。
あとは2015年は茶葉に農薬が残留していたとニュースになったので、安全性に取り組むブランドが増えたと感じます。
しかしこの後、アメリカのIT企業の影響力により、多様化したタピオカミルクティーは、特定の方向へと舵を切ったのでした。
そう、インスタブームの到来です。
タピオカミルクティー第3世代(進化) 2016〜2019年現在
【第3世代の老虎堂(タイガーアンドシュガー)】
・幸福堂(シンフータン)
・老虎堂(タイガーアンドシュガー)
・珍煮丹
・丸作
・一芳
最後に紹介するのは、タピオカミルクティー第3世代です。
ブランドでいうと、幸福堂、老虎堂、珍煮丹、一芳が、2016年頃から人気になり始めました。
タピオカミルクティー第3世代の特徴は、透明なカップと色鮮やかな見た目。そしてタピオカの濃い味です。
2015年まで多様化の一途をたどっていたタピオカミルクティーでしたが、2016年くらいを機に、流行がまとまり始めます。
それがインスタグラムの影響です。
【台北にあった仲の良かったドリンクスタンド店の台湾人たち】
ぼくには忘れらない思い出があります。
2015年にぼくが台北に住み始めた頃、家の近所に日本語を話す店員さんがいるフルーツドリンクスタンドがありました。
ぼくはそこで仲良くなり、よく買っていたのですが、2016年に一芳というお店が隣にできたことで、状況が一変します。
【第3世代の一芳のフルーツティー】
ぼくが推していたお店はオーガニックで、健康的でした。しかし、隣の一芳は透明なカップにフルーツが入って、インスタ映えするお店だったのです。
結局ぼくの仲よかったお店が潰れ、今でも一芳は人気で続いています。
おなじようにタピオカミルクティーも、この頃から透明なカップに入れたインスタ映えするタピオカミルクティーが流行り始めます。
タピオカに黒糖を混ぜ、甘いタピオカを作って入れるのも、この頃から人気になりました。
このように2016年くらいから、透明なカップ、色鮮やかな見た目、黒糖タピオカは、ハッキリした台湾のタピオカミルクティーのトレンドになっていきました。
タピオカミルクティー第3世代の考察(進化) そしてタピミルは飲むものから、撮るものへ進化した
【第3世代の幸福堂のタピオカミルクティー】
台湾のタピオカミルクティー第3世代は、第2世代が模索してた味、高級路線、安全性などに決着をつけ、インスタグラムの影響で大きな方向性を打ち出しました。
「タピオカミルクティーは、飲むものから撮るもの」へと舵を切ったのです。
これが2016年くらいから2019年の現在まで、台湾で続くトレンドです。
振り返ると、台湾の第2世代のタピオカミルクティーは、紙コップに入れているところがたくさんありました。
迷夏客や茶湯會のカップを見るとそうです。ぼくの推していた個人店も紙カップでした。
しかし、紙カップでは、盛れません。
つまり、オシャレなタピオカミルクティーと一緒に写ってる、リア充の私を台湾人がアピールできなかったことに、重大な欠点があったのです。
紙のカップをカメラで撮っても、誰が見ても一緒。それどころか何を飲んでるかわからないので、むしろマイナスなのです。
インスタグラムは、まるで恐竜時代の地球に落ちた隕石でした。
台湾のタピオカミルクティー業界に落ちたインスタグラムという隕石は、変われないドリンクスタンドを滅ぼし、タピオカミルクティーに進化を促したのです。
このインスタ需要を取り込んだ第3世代のタピオカミルクティーは、台湾で今日も売れています。
まとめ
というわけで、台湾でバカみたいにタピオカミルクティーを12カップ買って、撮影が終わった後、友人のクラトロさんと眺めながら思いついた考察は、以上です。
日本だと、タピオカミルクティーはインスタ映えさせる前提で、2017年くらいから流行っています。
しかし本場の台湾は、1980年代からあったので、チェーン店のブランドによって工夫してきた部分がだいぶ違うのです。
だから定番の形が生まれた第1世代、好みが多様化した第2世代。そしてインスタ映えに進化した第3世代と変わっています。
台湾の本場のタピオカミルクティーは、約33年間の歴史で、どの世代の人にもオススメできるほど種類が豊富です。
「タピオカミルクティーって若いの人の飲みものでしょ?」と思わず、台湾に来たどの世代の日本人も楽しいんでほしいと思います。
またグループ分けしましたが、第1世代のお店の50嵐やCOCOでも、第2世代や第3世代で流行ったタピオカミルクや黒糖タピオカミルクティーを買えます。
他のチェーン店の影響を受け、時代に合わせて、メニューを変えてきたからです。
中国語のメニューを見るのは難しいと思いますが、もしわかるならメニューの細かい部分を見て、楽しんでほしいと願ってやみません。
それでは楽しい台湾旅行を!
ではまた。
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